ケーキは甘いお菓子の代表格であり、多くの人、特に女性に人気のスイーツである。その種類も数多く、ショートケーキやチョコレートケーキ、チーズケーキなど、様々な種類が存在している。また一口にチョコレートケーキといっても、その中には「ガト―ショコラ」「フォンダンショコラ」「ザッハトルテ」など、細かく分類すると数豊富なケーキが存在する。その種類の多さが多くの人にケーキが好まれる理由のひとつであり、昔から人気のスイーツとしての地位を保っているのだろう。
また、数多くの種類が存在するのと同様に、私たちが好む理由として身近な存在であることがいえよう。女性は特にそうだと思うが、誰しも一度はお菓子作りを経験したことがあるだろうと思う。そのときに取り組むことが多いのもケーキである。まあ、上手くできるかどうかは別として、作っている途中のうきうきとした楽しさや、オーブンに入れたあとケーキが膨らんでいく様子を見ながら完成を待つ期待感など、食べる楽しさとは別に作る楽しさも感じる事ができるのがケーキなのだ。
それに加えて、私たちの中でケーキは特別なのだろうと思う。ケーキを食べる時というのは誕生日やクリスマスなど祝い事の際に食べることが多い。仮にケーキが白米のように毎日食べるようなものであったならば、ここまで多くの人に人気のある食べ物にはなっていないに違いない。頻繁に口にしないものだからこそ、ケーキというのは人気があるスイーツなのである。
ケーキは特別な日の食べ物です。誕生日の大きな丸いケーキは本当に特別な食べ物です。「毎日美味しいケーキを食べている人よりも、特別な日にケーキを食べられる人の方が幸せを感じられるんだ」私は毎日食べたいくらいケーキが好きなのに食べられないのは不幸だと言ったときに主人に言われた言葉です。うまく言いくるめられたような気もしますが、実際そうかもしれないと、色々な場面に置き換えてそう思えるように最近なりました。
ケーキというと、スポンジケーキの上にクリームをたっぷり塗り、いちごをちょこんと乗せる食べ物を思い浮かべる。ケーキには、様々な種類がある。チーズケーキやチョコレートをのせたもの、栗をふんだんに使いなんと言えない香ばしさと甘みをひきだしたある山になぞらえたケーキもある。ケーキを作る職人を、パティシエという。これはフランス語だ。売られている作品は正に芸術作品のようだ。私は、こういう職人芸が嫌いではないので尊敬の眼差しで彼らを見る。
栗をふんだんに使ったケーキが大好物なのだ。私は、大人の男性である。
子供の頃、たまに父親が仕事の帰りにケーキを買ってきてくれることがあった。ケーキの箱を見ただけでうれしくなり、ふたを開けて弟と歓声を上げた。子供だったので父が選んできたケーキはいつもオーソドックスなショートケーキとシュークリームだがショートケーキの上に載っているイチゴを先に食べるか後に食べるかで真剣に悩んでいたことを今思いだした。ここ最近は子供の時のようにショートケーキを食べることがほとんどくなった。
ショートケーキに変わって食べることが多くなったのがチーズケーキである。
私が小さい頃、ケーキなどという物は普段の生活の中では目にする事はありませんでした。こんな風に書くと、最近の飽食時代を嘆く頑固なお年寄りの口調みたいですが。笑ケーキ自体は、もうかなり昔から日本に入ってきていたお菓子のひとつではあったのでしょうね。でも、田舎に住んでいる一般家庭の子供には、ひどく贅沢品のイメージがありました。
私が子どもの頃、ケーキは今のように色々種類がなかった。お誕生日のケーキといえばバタークリームとカステラのケーキで、ピンクや白のバラをバタークリームで型どり、赤いチェリーの形をしたゼリーやアンゼリカ、アラザンで飾った甘ったるいもので、私はこのケーキがあまり好きではなかった。お誕生日にはこのケーキではなく、アイスクリームのケーキにしてと頼んでいた覚えがある。
そのほかのケーキもいちごのショートケーキ、シュークリーム、エクレア、プリンやババロア、サバランという洋酒をしみこませたケーキくらいしかなかった。私は生クリームやカステラがあまり好きではなかったため、ショートケーキもあまり食べなかった。最近はケーキも実に種類豊富で、デパ地下などに行くと買うのに迷ってしまう。